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  5. Candy Stripper デザイナー 板橋よしえのおしえて好きなひと 第4回 相澤樹 - Part 1
板橋よしえのおしえて好きなひと

デザイナー板橋よしえが大切な友人や一度会ってみたかった人々と、仕事や人間関係、ファッション、 音楽、映画、本、旅や人生など、様々なことを本音で語り合う対談連載がスタート。
第4回目のゲストは、“ミキティ”の愛称で親しまれているスタイリストの相澤樹(あいざわ・みき)さん。
スタイリングという枠を超えて、「サナギ新宿」の空間デザインを手がけ、 下北沢カフェ〈yosonch〉をオープンし、セレクトショップの監修やオリジナルブランドの立ち上げ、 中国へのアパレル出店など、幅広く活躍している彼女のクリエイティブのルーツとバイタリティーの源とは——。

板橋よしえ二階堂ふみ

「ミキティのように世界観も全て
  スタイリングできる人はなかなかいない」(板橋)

板橋服をスタイリングするだけではなくて、世界観も全てスタイリングしていく人って、なかなかいないんですよね。ミキティが空間も含めて、全部をスタイリングするようになったのは何がきっかけなんだろう。
相澤ほんとは洋服のデザイナーさんをやりたいって思ったんですよ。高校の時はパンクバンドのライダースにめっちゃ鋲を打つバイトをしてて(笑)。そのうちに、バンドの子から頼まれて、衣装を作るようになって。靴とか、アクセとか、足りないものを探すようになったときに、あ、私はトータルで見せるほうが好きなのかもって思って。ただ、その時はバンドに頼まれて歌詞まで書いちゃってたんですよね。
板橋あはははは、プロデューサーさんみたい。
相澤人に対して親身になっちゃうみたいで。やってあげられることはやってあげたくなるんです。喜んでもらえることが嬉しいなと思って。
板橋人に喜んでもらいたいっていう気持ちがいつも溢れてるよね。
相澤それは溢れてますね。全部、その延長ですね。「サナギ新宿」も、「ここにこんな人が来たらいいな」って想像して。
板橋その想像力って、どこから生まれてくるのかな? 
相澤私、ひとりっ子なので、小さい頃はいつも、ひとり遊びをしてたんですよ。家も過疎地で、隣の家まで300メートルくらい離れてたから、ひとりで遊んでることが多くて。
板橋何して遊んでたの?
相澤基地が7個くらいありましたね。それも、ジャンル分けしてたんですよ。可愛い系とか、狩りをする部屋とか、戦う準備をする部屋とか。細かくジャンル分けが好きみたいで。それは影響してるかもしれないですね。
板橋空間デザインだよね、それ。
相澤もともと、そういうマニアックなのが好きなのかもしれないですね。あとは、漫画も大好きだから、いまだに寝る前に漫画を読まないと眠れないです。私はボーイズラブしか読まないので(笑)、BLは生きがいですね。
板橋ふふふ。ファッションの分野でミキティを作ってるものって?
相澤影響を受けたものですか? 私、小学校の時にファッションの道に進もうって決めたんですよ。
板橋早い!!!

板橋よしえ秋元梢

相澤その前まではオリンピックに出たくて、ずっと水泳しかしてなかったんです。でも、小学校4年生の時にテレビで、ヴィヴィアン・ウエストウッドがファッションショーで日本に来たっていうニュースをやってて。その時に、もう雷が落ちて。「洋服、やりたい!」って。もともと小さい頃から洋服が好きで、お母さんも小2から東京に連れてきてくれてたんですよ。「MILK」の(大川)ひとみさんに会いたいなと思って、小3の時に「MILK」に行ったのが始まりですね。
板橋私、「MILK」に初めて行ったの、中学1年か2年だったよ。はやっっ!
相澤その時に買ったものを今も持ってるんですよ。
板橋私もまだ持ってる。ネイビーのワンピースにコットンレースがついているワンピース。
相澤私はネイビーのセーラーのセットアップ。ラインが黄色でめっちゃ可愛いんですよね。
板橋私の母親が東京の洋裁学校に通っていたらしく、小さい頃から自分で手作りしたオリジナルの服を着せてくれてたの。母親が着せ替えみたいな絵をよく書いたりしてて。その影響もあってか、わたしも絵を書くのは好きだったな〜。
相澤それはいい環境ですね。
板橋ただ、縫い物には興味がなくて。工作の方が好きだったんですよね。
相澤なるほど。だから、発想が面白いんですね。

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