SEARCH

Candy Stripper デザイナー板橋よしえ連載「おしえて好きなひと」 第16回 TERU(GLAY)

「直感力がすごくて、行動力もすごい。
夢を夢で終わらせないっていうことを誰よりも実践してる」(板橋)

——よしえさんは洋服から完全に離れることはないですか。
TERU よしえがスノボやってる姿はあんまり想像できないね(笑)。
板橋 スキーは高校生の頃に1回だけ、スノボは興味はあるけどまだやったことない〜。
TERU (笑)函館のライブに遊びに来てくれてるよね。あれは、いい息抜きになってる?
板橋 うん。毎回良いインスピレーションをもらっている! ライブを観るたび、兄さんの歌の伝える力は群を抜いて凄いなあと思っていて。上手い下手とかではなく、想いを歌にのせて、人の心を揺さぶることができる歌い手って本当に一握りだろうなって思うんですよ。それは、なりたくてもなれない、天性のものだと思うし、本当に歌を歌うために生まれてきた存在なんだろうなって。そして、最近の兄さんの作詞作曲の歌が素晴らしくて。兄さんの存在そのもののような、みんなを照らしてくれる太陽のように力強くて勇気の出る曲や背中を押してくれるような曲たち。兄さんはまた新たなGLAYのスタンダードを生み出しているような気がする。
TERU ありがとうございます!
板橋 今までも作詞作曲をしていたけれど、最近はGLAYの王道とも言えるスケール感のある楽曲たちを生み出し続けている。何か兄さんの中での変化があったのかな?
TERU GLAYをやっと背負えたんだと思うよ。今まではTAKUROに任せているところがあって。作詞作曲に関しては、アルバムの1曲でも書ければいいかなって思ってた。歌に関してはGLAYを引っ張っていく顔としてしっかりとやらなきゃなと思ってる反面、曲と詞はTAKUROに任せるべきだって思ってたんだけど、東日本大震災を受けてのEXPOの時に、TAKUROに「自分にしか書けない曲を書いた方がいい」って言われて。震災が起きて1週間後に支援物資を運んだんだけど、そういうものを全部見てるのはTERUだからって言われた時に、「あ、自分で見て、聞いて、体験したことを歌にしていけばいいんだな」っていうことをやっと理解できた。さらに、その曲——「BLEEZE」がシングルとしてリリースされた時に、GLAYをガッと背負ったんだよね。そこで、「TAKUROはすごく苦しい思いをして、世の中に曲を出していっていたんだ」っていうことにも気づいた。自分の曲を自分で歌って、それがGLAYのシングルになるっていうのは、裸のまんま渋谷のスクランブル交差点に立たされてるくらいの感じなんだって初めてわかって。ライブのMCでも言ったけど、その瞬間にやっと、GLAYの一員になれたような気がしたんだよね。TAKUROもわかるっていってくれたけど、そのくらい責任の重さを感じたし、その瞬間に、自分の奥底にあるものをもっと表現したいっていう欲求も出てきた。それからかな。東北のEXPOで「BLEEZE」を披露した時の感動が忘れられず、もっと頑張ろうって頑張った結果、アニメ「ダイヤのA act II」のOP主題歌(「はじまりのうた」)や映画『劇場版ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』の主題歌(「COLORS」)というチャンスをいただいて。今はもう、遠慮する気持ちもなくなってるし、アルバムの1曲ではなく、1曲1曲が勝負作にできるような曲を作っていこうって思ってるね。

板橋よしえのおしえて好きなひと


板橋 テッコ兄さんの持つ、太陽のようなメジャー感は本当にすごい。これからも兄さんにしか作れない曲たちを、どんどん生み出していって欲しいし、ますます楽しみ。
TERU 40代最後の曲とか、50代最初の曲とかね。今しか書けないものを書いていきたいなって思う。ファッションも同じじゃない。時代や自分の年齢によっていろいろ変わってくるし、今しか作れないものがあるでしょ。しかも、1年後に流行るものを作っていかないと、1年後には古いものになってるかもしれない。そういうところでは常にアンテナを貼ってないといけない大変な商売だと思うけど、よしえは時代とか、若者たちの感性をしっかりと受け取ってやれるからすごいなと思う。あんなに批判したサルエルをね、1年後に履いてる俺が言ってるんだけども。
板橋 あははは。「やめなよ。だらしないよ」って何度も言われたよ。

——(笑)最後に25周年を迎えるお互いにエールをお願いします。
TERU デザイナーとしてこれからも頑張って欲しい。プラス、大人目線で、50代のファッションはこれだっていうのを提示してもらえると、すごく幅も広がるだろうし、年相応のカッコ良さというのを見てみたいなと思いますね。そこが、世の中に根付いていったら、またすごいブランドになると思う。GLAYも20代、30代の曲もあるし、これから50代になる自分たちしか作れないものもあると思う。それと一緒で、よしえが生み出す大人のファッションを見てみたいなって思います。
板橋 ありがとう。大人のファッション、作れるよう頑張るね。兄さんは「疾走れ! ミライ」の歌詞にもある、“夢を夢で終わらせない”っていうことを、誰よりも実践しているよね。常に前向きに夢に向かっている。何年か前に、ステージで突然「俺の夢はヴェネツィアで10年後にライブをやることだ! みんなもついてきてくれ!」と言ったことも、メンバーもスタッフも誰も聞いてなくてビックリしていたけど(笑)、その夢に向かって着々と準備を進めているもんね。
TERU ファンクラブの20周年のときに約束して。10年後、30周年ではヴェネツィアのサンマルク広場でライブをやりたいって伝えて。次の年からヴェネツィアに行って、フリーライブに参加させてもらったりしてるんですよ。ただの放言で終わらないようにね。本人が動かないと周りも動かないから。
板橋 テッコ兄さんのまわりにいるみんな、兄さんの突如思いついたアイディアに振り回されることが多いけれど(笑)、兄さんのアイディアって、大変ではあっても、とびきり楽しいことでもある。兄さんには「TERUが言うんだったらやるか」とまわりに思わせる力があるし、いつもみんなが想像していなかった世界に連れていってくれる。そうやって夢を持ち続けることが出来る兄さんだからみんなを魅了してやまないのだろうなあ、と思うので、これからもそのまま、兄さんらしく直感を大事にしてみんなを幸せに導いてください! あとは、ずっとGLAYの音楽を鳴らし続けて欲しいので、GLAY兄さんたちには健康にだけは気をつけて欲しいです! そして、これからもGLAYが描く夢を追い続けるね!

TERU(てる)
GLAYのヴォーカリスト。昨今ではGLAYのシングル楽曲を数多く手がけているが、各アーティストからの依頼により、楽曲提供やプロデュースなども精力的に行っている。また、音楽活動の他、エイズ予防キャンペーンの一環のレッドリボンライブへの長年のレギュラー出演や、ホワイトバンドプロジェクトへの参加、東日本大震災・熊本地震の復興支援活動などにも力を注いでいる。
板橋よしえ(いたばし・よしえ)
1995年、服飾系専門学校在学中に「Candy Stripper」を立ち上げる。1996年、株式会社ミニストリー設立。2017年、Candy Stripper BLACK collectionをスタート。PUFFY 大貫亜美とのブランド「ROMPUS」も不定期に活動中。2020年、11月にブランド設立25周年を迎える。