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Candy Stripper デザイナー板橋よしえ連載「おしえて好きなひと」 第13回 TAKURO

板橋よしえのおしえて好きなひと 板橋よしえ TAKURO

「あらゆる感情を排除して細部を見る。
“ノーエモのすすめ”をお勧めしたい」(TAKURO)

 

——本連載で初の男性ゲストになります。
TAKURO でしょうね! 俺以外に誰がいるんだっていう感じですよ。
板橋 あはははははは。私はTAKUROくんの前ではいっぱい泣いた顔を見せていて。困った時は的確なアドバイスをくれるし、何かと頼ってしまっていますね。
TAKURO 自分が経験したことで何か役に立つことがあるなら、いつでも相談においでっていう感じですよね。よしえちゃんの旦那が高校の後輩だから、弟と妹みたいなもんだもん。   ——よしえさんが「東京のお父さん」と慕ってることに関してはTAKUROさんはどう感じてます?
TAKURO 東京のお父さんではありたいと思ってますね。とは言っても、自分もまだ模索中ですからね。バンドにしても、音楽にしても、ギターにしても。そこで学んだことをみんなでシェアする感覚というか。それぞれ違う生き方をしている人たちと話していると、自分も思いもよらないような角度で物が見えたりするからね。
板橋 テッコ兄さん(TERU)やHISASHIくん、JIROくんそれぞれと話してきた中で、やっぱりみんな、何かが起きた時に、TAKUROの言葉で救われたって言っていて。私もそうなんだけど、TAKUROくんの言葉に助けられたことがたくさんあって。TAKUROくんの懐の広さと愛情深さっていうのはすごいなって。
TAKURO それ、直接、俺に言えって話だよね。
板橋 あははははははは。
TAKURO 感謝が足りねーな、あいつら。
板橋 (笑)絶対に言ってると思うよ。「そんなことは大した問題じゃないよ。こうすればいいじゃない?」ってヒョイと視野を広げてくれる存在というか。
TAKURO もちろん、俺が助けられてる時もたくさんあるんだよ。でも、悩んでるときは、どうしても周りが見えなくなって視野が狭くなるでしょ。そういう時は……俺は〈ノーエモのすすめ〉ってよんでんだけど。
板橋 あ、出た! ノーエモのすすめ!
TAKURO 夫婦間でもそうだけど、あなたのことを愛してるっていうのは、結婚するときの誓いとして、根底の地面としてあるんだよね。人は普段、地面を意識して生きないじゃないですか。恋愛にしても、友情にしても、あらゆる感情は物事を判断するときに邪魔になるんですよ。会社やバンドを推し進める情熱も、そんなのは空気のようにあって当たり前。逆にいうと、それが空気のように感じられなければ、愛情や情熱を常に意識してやってる人は、たぶん、持たない。だから、何か1つ、大きな壁にぶち当たったときに、俺はまず、一切の感情を捨てて、どっかに抜け道はないか? どっかに超えられる梯子がかかってないか?っていう細部を冷静に見るようにしてる。「どうしよう。困ったな」っていう感情に支配をされると、ものが見えなくなるから。これは数々のバンド活動の中で学んだことだけど、読者にも〈ノーエモのすすめ〉をお勧めしたいね。
板橋 すごく参考になるよ。確かにそうだなって思う。
TAKURO 例えば、彼氏彼女に浮気をされようが、上司や部下がボンクラだろうが、問題の本質はそこじゃないんだよね。感情に支配されるとトラブルの本質が見えなくなるから。
板橋 そこで“自分”がどうするかっていうことだよね。誰かがどうじゃなくて。
TAKURO そう。自分の生き方を見つめ直すいい機会だと思えばいい。特に、思い悩むことの90%くらいは人間関係からくるものだったりするじゃないですか。でも、北海道出身の俺としては、半分くらいは自然との戦いでさ。ドアを開けたらめっちゃ雪が降ってるとか、酔っ払って帰ってきたけど鍵がない。このままだと凍え死ぬかも、とかさ(笑)。都会で暮らすと、人間も自然の一部なんだっていうことを忘れそうになるけど、本来、悩むべき人間関係はそんなに入り組んでいない気がするんだよね。そう考えると、一番難しいとされる20代後半くらい、自意識が肥大化していく頃にバンドを続けるっていうことはとっても難しいけどね。   ——10代後半から始めたバンドが30代に入る直前に休止して、10年後くらいに再結成するという流れを何度も見てきました。
TAKURO 大人になるんだよね。当時、ぶつかっていた意見とか、許せなかったことが許せるようになる。そこで何が変わってるかっていうと、その人が成長しただけで、実は何も変わってないよね。20代後半のときに同じことができれば、休止したりはしない。「ノーエモ」で細部を見れば、次なる一手、プランBプランCがあるはずだから。そういうことを1つ1つやっていくと、乗り越えられる。
板橋 GLAYのメンバーって、私がたくさん出会ってきたなかでも、本当に、NO.1にいい人たちで。それぞれが優しくて、メンバー同士が本当に仲が良くって。こんな4人、なかなかいない! その4人が出会ったこと、そして25年間ずっと第一線で活躍し続けていること、夢をあきらめない背中を見せ続けてくれていること、本当に凄いと思う。規模が違いすぎて恐縮だけれど、キャンディも今年、25周年目に入るんだ。

「もう人生の終わりだって落ち込んだけど、
あの時に辞めなくてよかったと思う」(板橋)

 

——お互いに25周年というアニバーサリーイヤーを迎えた心境を聞かせてください。
TAKURO 1つの企業が起業から10年を迎えるのは、2%しかないからね。残りの98%は潰れるから。キャンディはちゃんとファンの心を掴み続けて、なおかつ、刺激を与え続けてきた。いろんな要素が絡んで初めてなし得たことだと思うけど、一番は洋服に対するよしえちゃんの情熱なんじゃないかな。諦めないとか、やり続けてるうちは、勝敗はまだつかないから。しかも、よしえちゃんは最初はパートナーがいたけど、そのあとは一人で背負ってきたわけだから。もう、一人でやってる期間の方が長いよね。
板橋 そうなの。パートナーがやめて15年経つから。
TAKURO それは感慨深いでしょ。
板橋 改めて、あの時、諦めなくてよかったなって思う。
TAKURO 15年前か。当時はなかなかの落ち込みようだったよね。
板橋 もう人生の終わりだって思った。その時も相談してるんだよね。自分と照らし合わせると、余計に4人の結束の固さは、本当にすごいことだって思う。
TAKURO そうだね。バンドやってる連中なんて自分勝手なやつらばっかりなんだから。いつも思うことがあるんだよね。俺たちは音楽に対してものすごく誠実であろうとするし、忠誠を誓ってGLAYをやっているけれども、それでもやっぱり、人生は超えないよね。人生を生きてきた中で、メンバーの誰かしらに、抱えきれないほどの困難が立ちはだかったこともあった。でも、それは、バンドを続けるとか続けないっていうレベルではないところに問題があるから。
板橋 うんうん。
TAKURO その問題は、その人が解決するまで待つし、手伝うし2000年頃、巨大化するGLAYに息苦しさを感じたJIROの時もそう。俺はね、GLAYがやりたいわけじゃなくて、あの3人とバンドがやりたいだけなんだよね。あの3人と何かができるなら、GLAYじゃなくて、漫画家集団でもいいわけ。この会社もそうだよね。あくまでも俺たちが一番情熱を注げるのが音楽であって、その音楽を煩わしさがなく、スムーズにできるための会社でしかない。今、間違いなく、あの3人はGLAYに対して、ものすごく誠実に、ものすごい愛情を持って接してくれてて。それが25年間続いたっていうだけの話で、本当に気が付いたら25年だったんだよね。気がついたら、俺らは25年経ってたっていう。
板橋 楽しみだよね。GLAYの30周年40周年も。
TAKURO もうね、TERUが生きてりゃいいよ! 
板橋 あははははは。